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勝川 春暁(かつかわ しゅんぎょう、生没年不詳)、江戸時代中期の浮世絵師。
勝川春章の門人。姓は斎藤、名は新蔵。勝川を称す。鶴僊斎と号す。浅草・言助町に住んでいた。作画期は天明(1781年 - 1789年)から天保(1830年 - 1844年)初期にまで及ぶため、その間に見せる様式の変遷は相当大きい。
錦絵の作例は非常に少ないが、肉筆美人画は何点か知られており、しかも非凡な技量を示している。女性の髪型が灯籠鬢であるため、天明期のものと思われる「鏡を見る美人図」は春暁の代表作といえる作品である。
従来「合わせ鏡」の題名で呼ばれてきたが、女が持つ手鏡は一つであり、しかも顔の正面を映しているため、言葉の正確な意味においてはこの題名は正しくないといえる。
鏡に映された女の容貌には明らかに春章の影響が認められ、春暁としてはかなり早期の作品であるが、細部の描写からは既に相当高い技量を具えていたことが見て取れる。ことに素晴らしいのは、薄物の透き通った質感表現で、彼女の足元にそれとなく配された団扇、煙管、懐紙など小道具が絵の風情を一層高めている。
また、「夕涼み二美人図」でも、しゃがんだ美人の薄物の表現が見事で、彼女らの髪の生え際、水辺の菖蒲や水草、あるいは酒肴の盛られた器など細部の描写にまで十分に気が配られており、画面の地には薄墨が一面に刷かれて宵の雰囲気を巧みに醸し出している。
この女性たちの髪型から、制作時期は寛政頃と思われるが、顔貌の表現は既に春章の影響を脱し、同時期の喜多川歌麿の画風を思わせるところも若干窺える。
「三都遊女図」は、一幅に三都の遊女を三人の浮世絵師がそれぞれ描いた合作である。春暁が江戸の遊女を描き、浅山芦国が大坂の遊女を、山口素絢が京都の遊女を描いている。なお、上部にある賛は、江戸の戯作者・山東京山が天保7年(1836年)に書いたものである。